浅間山と妙義山(R6,1,26)

大寒の妙義は黒く聳えをり

白銀に輝く浅間山を右に置いて、大寒の季節の妙義山は雄々しく黒く聳えている。まったく山容の違う山を同時に見ることができ、とても嬉しい。藤岡ゴルフ倶楽部イン13番ショートホールのティーグラウンドからの素晴らしい景色である。

人それぞれであろうが、やはり浅間山は雪をいただいている方が好きだし、妙義山は山襞も深く見える冬が相応しい。そんなことを考えながらのゴルフで、短いパーパットを外しボギーとなった。集中せねばと思う。

「馬子唄に冬雲あそぶ浅間山」(岡澤康司)もあるが、妙義山では、やはり「秋風や野に一塊の妙義山」(飯田蛇笏)が思い浮かぶ。俳句のことなぞ思い浮かべながら、名山を仰ぎ見る。

2024.01.27 銀色の浅間山
銀色の浅間山(R6,1,26)

大寒の浅間に雲の動かざる

風の強い一日であった。藤岡ゴルフ倶楽部アウト6番ロングのティーグラウンドから銀色に輝く浅間山が見えた。不思議なのは縦長の小さい雲が風が強いにも関わらず全然動かないことであった。おそらく山の上には風がないのであろう・・・・・。

「冬の浅間は胸を張れよと父のごと」(加藤楸邨)の句を思う。

因みに、ドライバーはうまく打てたが欲がでたのか2打目をミス、どこか無駄な力が悪さをしている。こんな風の強い日のゴルフはホントうまくいかない・・・。思うに任せず今日のゴルフは終わるような気がする。できただけでも幸せなのかもしれない。

浅間山(R6,1,19)

雲挟み雪の浅間山と妙義山

「頭を雲の上に出し・・・・」は富士山だが、妙義山を挟み、雲の上の浅間山である。珍しい写真がとれてとても嬉しい。今年2回目のゴルフだが風もなくお天気に恵まれ最高のゴルフ日和である。

「霜強し蓮華と開く八ケ岳」(普羅)を想起させるような朝であった。



初ゴルフ浅間山(R6,1)

初ゴルフよき日となりて寒に入る

初ゴルフを楽しみながら寒の一日を楽しんだ。藤岡ゴルフ倶楽部13番ホールのティーグラウンドからの写真である。浅間山は暖冬のせいか雪が少ない。左に妙義山を従えている様にも見えるが、全く山容が違う。

今年は元旦から能登半島地震が起きビックリした。命あってのことだと思うが、断水と地割れ、停電が能登半島を苦しめている。
一日も早い復興を願うばかりである。

自然はこんなにも美しいのに・・・・。


2024.01.23 初詣令和6年
初詣(R6,1)

当り前であること願ふ初詣

最近はいろいろアクシデントというか、いろいろ起こるので、極めて普通の、当り前の生活ができることを願うだけである。多くを望まず、生きていこうと考えている。

「吾唯足知」である。それ以上でもそれ以下でもない。

「オリオンの真下春立つ雪の宿」(前田普羅)の句なぞ口ずさみながら、初詣をおこなった。

2023.12.31 普羅の言葉
普羅の言葉(R5,12,31)

年暮るる普羅と志功を思ひつつ

「わが俳句は俳句のためにあらず、更に高く深きものへ階段に過ぎず。こは俳句をいやしみたる意味にあらで、俳句を尊貴なる手段となしたるに過ぎず」(前田普羅の言葉)の作句精神には重いものがある。

普羅は地貌という言葉を使う。一人一人の人間が別の容貌を持つように、土地にはそれぞれ独特の地貌があるという。
その普羅が富山に永く在住したのである。

「雪山に雪の降り居る夕べかな」(普羅)、「鰤網を越す大波の見えにけり」(普羅)はその代表句とも思えるし、本人もそのように考えていたようだ。

「駒ヶ岳凍てて巌を落としけり」(普羅)、「雪解川名山けづる響きかな」(普羅)。「乗鞍のかなた春星かぎりなし」(普羅)、「奥白根かの世の雪をかがやかす」(普羅)等々、好きな句がいっぱいある。

棟方志功は前田普羅の畏友であり、俳誌「辛夷」の社賓同人である。したがって非常になじみ深いし、小さいころからその作品を見て育った。

いずれにしろ、俳句を嗜む者の一人として、一句でもこれはと思える句が出来たら最高である。


2023.12.31 奥座敷
奥座敷(R5,12,31)

年用意普羅の言葉を味はひて

令和5年度も12月31日になった。奥座敷の床の間にお餅を飾った。棟方志功作、「前田普羅の言葉」の掛け軸の前にである。
「わが俳句は俳句のためにあらず、更に高く深きものへの階段に過ぎず・・・・・・・・」の言葉を味わいながら・・・・。

見事な作句精神であり常に頭から離れない。

「雪山に雪の降り居る夕べかな」(普羅)、「駒ヶ岳凍てて巌をおとしけり」(普羅)等々、素晴らしい句が多い。小生が、前田普羅の短冊、色紙、掛け軸、等々、集めたくなる所以である。


2023.12.30 夜の東京駅
夜の東京駅(R5,12)

年暮るる東京駅のライトにも

丸の内サイドから見た東京駅である。素晴らしい建築物をじっくり見る機会は正直余りない。フランスなぞへいくと駅の天井の絵画に見惚れたりするが、日々の生活があるからであろうか、日本では前をむいて歩いているだけである。

設計者は「日本近代建築の父」といわれている辰野金吾。東京駅丸の内駅舎のほかにも、日本銀行本店、奈良ホテル本館、盛岡銀行本店、日本生命九州支店、浜寺公園駅駅舎、旧松本家住宅(現・西日本工業倶楽部会館)等々。歴史主義建築を数多く残している。

「あまたの灯カーテンとしぬ年の暮」(山口青邨)、「かへりみる吾が俳諧や年の暮」(松本たかし)のような句がある。今年一年、少しは成長できたのであろうか?いくつになっても課題の多い年の暮れではある。

第9(R5,12)

いつからか第九で締める年の暮れ

令和五年の年の暮れは、東京芸術劇場、読売交響楽団、デ・フリーント指揮の第九で締めることになった。新国立劇場合唱団指揮者は三沢洋史氏。彼は群馬県出身で先輩のF氏も合唱の指導を受けたことがある。

午後二時からの開演なので家内にはちょうど良かった。素晴らしい演奏で私は満足させて頂いた。今年は三月に甥がなくなったり、いろいろなことが派生して起こり上半期は大変であった。そんな様々なことを思い出しながら・・・・というわけではないが、第九は基本的に好きな曲なので満足感があった。

「しがらみにかかるもろもろ年暮るる」(富安風生)の句もあるが、年賀状等々、いろいろ考えていかなければならない年となった。

雲を呼ぶ浅間山(R5,12,23)

雲を呼ぶ雪の浅間の雄姿かな

年末12月23日、散歩中の浅間山である。まるで雲を呼び寄せているようだ。ゆったりとした感じがなかなか良いし、この時期の浅間山は姿を変えるので面白い。いずれにしろ、「春寒浅間山」(前田普羅)の浅間山も良いが、それだけではないということである。

「冬の浅間は胸を張れよと父のごと」(加藤楸邨)の句がある。有名な「春星や女性浅間は夜も寝ねず」(前田普羅)もあるので、季節により浅間山はイメージを変える。「春雲のかげを斑に浅間山」(前田普羅)なぞもの句もある。

前橋市に家を建ててから何年になるのであろうか・・・・。すっかり郷土の山になりつつある。

2023.12.30 冬の夕焼け
冬の夕焼け

冬夕焼遥か彼方に富士の山

ターちゃんのサッカーグラウンドの帰り道小高い丘の上から富士山が見えた。横浜からの富士である。「晴れて良し曇りてもよし富士の山」の句があるが、横浜からの富士もなかなかである。ターちゃんのお蔭かもしれない。

「冬夕焼グラスワインの色を濃く」(有賀昌子)の句があるが、富士山は美しい。

サッカー練習

短日をサッカー練習励む子よ

ターちゃんはサッカーが好きなようで練習に通っている。今日は我々全員でサッカーの練習を見に行った。一生懸命トレーニングしているのが良い。プレゼントしたサッカーボールも役にたっているようだ。頑張れターちゃん!!

「残照に頂染めて山眠る」(柳下狐村)のような句もあるが、そのうち、丘の上にあるこの運動場も赤く染まるに違いない。

房ちゃん達とママ(R5,12,10)

鰤なぞの握りをとりて昼餉かな

横浜日吉本町の長女の家で皆で昼餉である。握りを買いにいってもらい皆で食べることにした。ターちゃんンもいるし、家が一番落ち着いて食べれるからである。皆の笑顔が素晴らしい。

「木がらしや目刺しにのこる海の色」(芥川龍之介)の句もあるが、当然お寿司には目刺しはない。本日は海が近い横浜にいるからか、とにかくお寿司は美味しかった。富山の鰤は有名だが流通が発達しているお蔭であろう。

2023.12.29 長女家族
ふうちゃん家族(R5,12,10)

冬の昼すべてに優る子の笑顔

長女家族の写真である。なんといってもターちゃんの笑顔が素晴らしい。皆で集まって食事ができることが嬉しいのであろう。確かに皆で集まるのは一年ぶりだし、私も嬉しい。素晴らしい家族である。

「冬空は一物もなし八ヶ岳」(森 澄雄)の句なぞ思い出す。

2023.12.29 皆で夕食会
家族全員で(T5,12,10)

冬暖かファミリー集ふひと日かな

12月10日(日)山元ファミリーは横浜日吉本町の長女夫妻の家に集まった。ターちゃんも元気だし、何も言うことがないほど嬉しい一日であった。何せ皆の笑顔が素晴らしい。

時間の経つのは早い。この後、ターちゃんのサッカーを見て、我々は前橋に帰ることにした。

我が家夕食会

冬暖か笑顔が絶えぬ夕食会

次女夫妻が前橋、別所温泉、九州旅行等の行事を終え、明日から横浜、東京と12月13日羽田発に向け動き出す。今年度、前橋での最後の夕食会(12/8)は手作りの春巻き等の料理、「山崎」で乾杯ということになった。

楽しい日々はあっという間に過ぎ去る。残念だが仕方がない。彼らの健康と発展を願って乾杯である。

「冬ぬくし山ふところといふ言葉」(岡本眸)、「冬ぬくし月にしたがふオリオン座」(相馬遷子)の句を思いだす。

2023.12.29 冠雪の浅間山
冠雪の浅間山(R5,12,8)

冠雪の浅間山見しゴルフかな

12月8日(金)の浅間山と妙義山である。浅間山の雪はわずかになっている。今年は今日現在、根雪にならない暖冬なのかなぁと思いつつ、藤岡ゴルフ倶楽部インの4番ショートホールのティーグラウンドに立った。ただ、少しでも冠雪していると浅間山は美しい。

「馬子唄に冬雲あそぶ浅間山」(岡澤康司)のような句もあるが・・・・・。

姫路城の一コマ

冬紅葉武者と並びて立ちにけり

不思議な写真があった。次女夫妻が姫路城で武者の姿をした人と写真を撮らせて頂いたとのこと。何か撮影現場に紛れ込んだような一枚である。アントニーには記念になったことであろう!!

「うつくしきものみなひそか冬紅葉」(山口青邨)を思い出す。富安風生の句に、「冬紅葉しづかに人を歩ましむ」の句があった。いろいろなことを思い出させる不思議な写真である。

2023.12.29 姫路城の月
姫路城の月

水面にも城に寄りたる月映し

次女夫妻から幻想的な写真が送られて来た。世界遺産・姫路城である。私は何十年も前の桜の季節に姫路城に行ったことがあるが、この写真はイメージを覆すほどの迫力がある。12月3日(日)6時36分撮影。

「影法師月に並んで静かなり」(夏目漱石)、「枯れ松の頂白き月夜かな」(普羅)、「雲去れば月の歩みのゆるみつつ」(松本たかし)の句なぞを思い出しつつ、写真をじっくり眺めたものである。

2023.12.29 小諸城大手門
小諸城大手門

冬日さす武人つくりし大手門

仙石秀久公によって創建された小諸城大手門である(慶長17年創建)。華美な装飾をはぶいた質実剛健な建築は東日本を代表する大手門建築の一つである。駅をはさんで懐古園と反対側にあり、つい見過ごしてしまうことがある。

11月29日に次女夫妻と見たことを思い出した。素晴らしい大手門である。

「いづこにも冬日いちにち来給はず」(飯田龍太)、「からまつの散りて影なし冬日影」(普羅)の句を思う。

レストラン土井(R5,12,8)

美味しさに舌鼓うつ師走かな

家内の友人の I さんの紹介でレストランを訪れた。レストラン土井である。家内と一度来たことがあるが、味が繊細で手がこんでおり、とても美味しかった記憶がある。フランスから帰国した次女夫妻との楽しいお昼にはうってつけではないかと思いリザーブしておいた。とても喜んでもらい良かったなぁ~と思ったものである。アントニーも満足したようだ。前橋で美味しい店を見つけるのはなかなか大変なのである。彼らは姫路経由で九州旅行をしたばかりであるが元気そうだ。明日から横浜の長女のところに行く。

「いそがしく時計の動く師走哉」(正岡子規)、「走りゐる師走の月の白かりし」(山口青邨)の句の如く、師走はとかく忙しい。

島崎藤村の歌碑

藤村の歌碑に見とれる冬の朝

懐古園には藤村の歌碑がある。いわゆる「小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ・・・・・・・・」、すなわち、小諸なる古城のほとりである。少し歩くと千曲川の絶景を見ることができる。歌を楽しむゆとりがほしい年代になった。

「雲水の草笛哀しちくまがわ」(旅人詠)、「秋立つや大樹の上の流れ雲」(牧野康強、耕雨)の句碑もあった。詩になる景色ではある。



2023.12.29 懐古園の古木
懐古園古木(R5,11)

古木にも歴史が語る冬日かな

懐古園に古木がある。いつ見ても歴史を感じさせられるのだが、何の樹かおぼろになってしまう。自分の記憶力の減退を憂うばかりである。しかし、その古木の生命力にはびっくりしてしまう。

「山門をつき抜けてゐる冬日かな」(高浜年尾)という句もあるが、冬のひと日を楽しませてもらった。

2023.12.14 懐古園
懐古園(R5,11)

久方の尽きぬ笑顔や寒き朝

次女夫妻が来て家内の笑顔が絶えない。例え寒い朝であろうが・・・・。やはり、パリ近郊のブージバルで生活している次女夫妻と会話ができることが何よりも嬉しいのであろう。

作者は分からないが、「寒き日や人情話胸熱く」の句か川柳をふと思い出した。男なんぞは人情話が胸にこたえる生き物なんだろうか。家内の素直さには負ける。

明治4年(1872)の廃藩置県で役割を終えた小諸城に、「懐古神社」を祀り、三の門より城内を「懐古園」と呼ぶようになった。紅葉がとても綺麗だった記憶がある。

高浜虚子の句碑もある。「紅梅や旅人我になつかしき」(虚子)である。だが、なんといっても、島崎藤村の詩碑、「小諸なる古城のほとり・・・・・」が有名だし、千曲川が一望できるのが嬉しい。



花屋モーニングコーヒー(R5,11)

珈琲の味も格別冬の朝

久しぶりに次女夫妻と旅行ができモーニングコーヒーの味も格別である。「花屋」は朝食も立派なものであったが、我々はモーニングコーヒーを飲まないと落ち着かない。次女達はお土産を買いに売店に行っている。

「霜強し蓮華と開く八ヶ岳」(前田普羅)の名句が信州では思い浮かぶ。だけど、温泉に来たことだし、今朝はゆったりとした時間を楽しみたいものである。今日は何処へ行こうか考えることにする。

2023.12.14 花屋夕食会
花屋夕食会(R5,11)

温泉(ゆ)巡りを楽しむ家族冬の夜

別所温泉「花屋」の渡り廊下等は、この時期寒かったがそれも一興。温泉は質が良いので温まって実に心地良かった。夕食会の皆の顔も実に良い。恒例の温泉旅行になった。来年はどこにしようか楽しみでもある。

露天風呂で話をしたが、アントニーは会社の大きなミッションのキー・パーソンになり、やりがいをもって仕事をしているとのこと。私の立場としてはホント安心した気持ちになった。

「大いなる足音きいて山眠る」(前田普羅)の句がある。小生も今晩はよく眠れそうである。長女夫妻も一緒ならもっと楽しいとも思う。そのうち、願いは叶うかもしれない。

2023.12.14 真田六文銭
真田六文銭兜(R5,11)

冬紅葉六文銭の兜とて

上田城跡公園には真田家六文銭の兜があった。六文銭とは三途の川の渡し賃という話は常識だが、真田家は死を恐れない、いつでも死を覚悟して戦っているという武士としての覚悟を表していると捉えた方が自然かもしれない。後の世の人間がこうあって欲しいと考えたことは間違いないが・・・・。

それにしても、久しぶりに会って楽しい散歩である。紅葉は今一であるが、猛暑のせいかもしれない。信州の美味しい蕎麦でも食べ、お寺の一つも見て別所温泉「花屋」に向かうことにした。

2023.12.14 上田城跡公園
上田城跡公園(R5,11)

冬晴れの城跡公園案内せり

青く晴れ渡った冬の空に上田城跡公園が浮かび上がる。パリから帰国した次女夫妻をまず上田城跡公園に案内したが成功と言える。真田三代と説明したが分かってくれたかどうか・・・・・・。フランスのお城と比べると山城であり小さい気もする。

帰国して何日か東京にいて、昨日27日(月)前橋に着いた。今年は、温泉は別所温泉を選んだ。昨年は私の手術後の静養も兼ね、当然避暑も兼ね、八ヶ岳山麓「親湯温泉」に行った。とにかく、涼しくてなによりであった。やはり標高1,550mは魅力である。軽井沢で約1,000mだから・・・。

「日を追うて歩む月あり冬の空」(松本たかし) の句もあるが、やはり青いくっきりとした空には勝てない。冬の空に間違いはないが、11月28日(火)の空は青さが際立っている。上田城もそれなりに美しい。

2023.12.14 安楽寺仏像
安楽寺仏像(R5,11)

仏像に歴史を思う冬日和

安楽寺境内に歴史を感ずる仏像が六体あった。古刹とはいえ地方にある寺には考えられない仏像であった。あまりの珍しさに思わずカメラのシャッターを切ったが、そのうち調べてみたい。

小春よりもさらに冬が深まって、もう春が来たのかと思うほど、麗らかな日がある。「冬麗」「冬日和」という。



2023.12.14 安楽寺参道
安楽寺階段(R5,11)

冬麗の古刹へ続く階段に

11月28日(火)信州上田の別所温泉に行くことにした。その前に信州なので蕎麦を頂き、古刹安楽寺へと向かった。階段が急で大変かなぁと思ったが、家内も次女も元気に一歩づつ登っているようだ。

アントニーが絶妙のところをシャッターチャンスと心得撮ってくれた。今や、フランス人とはいえ十分に山元家の一員である。実に嬉しい。