2019.12.25 冠雪の浅間山
冠雪の浅間山(R1,12)

冠雪の浅間に蒼き空澄みて

今朝の長野は素晴らしいお天気であった。八ケ岳山麓から佐久まででると浅間山がその姿を表わす。冠雪の浅間には澄んだ蒼い空がぴったりすると思う。今年の初滑りは左肩の怪我の為、「湯治」だけで終わったが、楽しい時間と皆さんから勇気を頂いた様な気がしてならない。引き続きリハビリを頑張ることにしたい。

朝の張りつめた空気は凛として好ましい。蓼科グランドホテル滝の湯からの帰りである。

2019.12.24 石垣島
石垣島(R1,12)

南国の師走の海の蒼さかな

既に師走というのに石垣島の海の色はとても澄んでいて、さすが南国の島だと感ずる。長女夫妻からラインが届き、まことに羨ましい思いがした。沖縄は何度も行ってるが、石垣島等は縁がない。不思議なものである。

今年は家を新築したし、ゆったりとしたいのであろう。た―ちゃんも楽しんでいるのかなぁ~と思ったりする。

大空のあくなく晴れし師走かな(万太郎)、旅寝よし宿は師走の夕月夜(芭蕉)、の句があるが、果たして、南国の空、南国のホテルの味わいや如何に? 長女達の師走の石垣島である。

2019.12.24 年用意とも
年用意(R1,12)

庭の木々軽くなりたる年用意

先日、庭友(造園業)さんに来て頂き、庭の木々を綺麗にしてもらった。いかにも木が軽やかになったような気がする。師走も既に中旬を過ぎた頃である。特に松の木は軽やかである。これも新年を迎えるには欠かせない我が家の行事ではある。

しずかなるくらしの中の年用意(小原三郎)、ふる雪のかりそめならず年用意(久保田万太郎)があるが、年末は静かに暮したいものである。

2019.12.24 柚子湯
柚子(R1,12)

目をつむり柚子湯の香(かをり)楽しまむ
 
既に冬至を迎へ、師走の素晴らしい天気になり、今朝の散歩は実に気持ちの良いものであった。散歩の途中、滝川沿いに柚子の木があり思わず香りをかいでみた。何時の頃からか柚子湯に入ることが楽しみになっている。

冬至の日に柚子の実を浮かべて入る習慣が江戸時代の頃からある。柚子は丸ごと浮かべたり刻んで入れたりする。香りの高い柚子湯は体が温まり、万病を防ぐとも言われる。

冬至湯の柚の香憑きたる思ひごと(蛇笏)、冬至湯の煙あがるや家の内(普羅)がある。白々と女沈める柚子湯かな(草城)もあったような気がする。艶っぽい句ではある・・・。冬至の日の食べ物はかぼちゃですね。季節感があって何ともいえない。

2019.12.15 冬の妙義山
冬の妙義山(R1,12)

小六月リハビリとせしゴルフかな

一昨日(一三日)は本当に良い天気で、小春日和と言っても過言ではない、そんな日であった。早朝は非常に寒い感じがしたが、
お昼が近づくにつれ、快適なゴルフ日和となった。 アウト四ホールめのショウトホールのティーグラウンドから妙義山がくっきりと見えた。  素晴らしきかな妙義山!!

十月八日に山中湖で挑戦してから、すっかりゴルフの世界にはまりつつある。金曜日はゴルフと決め、リハビリでもあると考える様になった。 左肩の「可動域」を増やすのは、努力しかないし、ゴルフが最適かなぁとも思う。

秋風や野に一塊の妙義山(蛇笏)もあるが、冬の妙義山も素晴らしい。

ガストン・レビュウファ初版本(R1,12)

岩山に登りし夢も冬の朝

ピッケルと同時に、ガストン・レビュファの「雪と岩」のS36年初版本、浦松佐美太郎「たった一人の山」の二冊も偶然入手できた。暇を作りぜひ読んでみたい。 ガストン・レビュファーの「天と地の間に」という記録映画はひとつの詩として記憶されている。レビュファーが語りかけるのは私達が挑む自然というのはひとつの文学であるということなのだ。

不思議な事に二・三日前、室堂山荘からカレンダーが送られて来た。山の友人、関係者から便りが増えつつある。今は亡きK氏からの山の繋がりを思うのである。 素晴らしき山の仲間達。

2019.12.15 ピッケル
ウイリッシュ3代目(R1,12)

ピッケルに思いを馳せし冬の山

10月末に山の友人が一人逝った。学生時代、北アルプス立山で巡り合い、親交を深めた。私は競技スキーをやっていたので、それほど山の思い出は無いが、立山以外では、雪の谷川岳を見に白毛門に登ったりした事がある。雪が降っていたので途中で飲んだ紅茶の味が未だに忘れられない。K氏は私と違い、本当の山男である。

ウイリッシュの三代目が共通の友人S氏から入手できた。二年前、針の木岳・大雪渓の頂上付近の急こう配で苦労した話をしていたのを記憶してくれていて、突然引き取らないかと話がでたのである。全然使用してないので購入した金額でと言われ、本当に良いのか?と念を押しつつ、原価で分けて頂いた。共通の友人の死が彼に何かを感じさせ、使われないピッケルは可愛そうだとも言っていた。シャフトが木のピッケルはもう入手できないこともあり有難かった。

冬山にピッケル突きて抜きしあと(誓子)、ピッケルとザイルを祓ひ山開き(清宮文江)があるが、俳句を作れるほど使用したいものである。

2019.12.15 弥彦神社
弥彦神社(R1,11)

神の留守弥彦山の麓鎮まりて

広々とした越後平野の中央に聳え立つ弥彦山の麓に鎮まります弥彦神社は「おやひこさま」と呼ばれ、心のふるさと、魂のよりどころとして多くの人から広く親しまれてきた。境内は鬱蒼たる樹林に覆われ、亭々たる老杉、古欅は見るからに神々しく、日本最古の万葉集に2首歌われている。

新潟県最大のパワースポット弥彦神社・・・・。確かに予想以上のものがあった。越後一の宮といわれるのは良く理解できる。

昨晩は、疲れてはいけないと思い「岩室温泉」に泊まった。自家源泉の宿「富士屋」は口コミ4,49がついていたのと、露天ぶろ付き、庭つきの部屋がとれたので宿泊したが、温泉は素晴らしく疲れがとれたような気がした。

2019.12.15 志功自宅
志功自宅(R1,11)  
 
神の留守雨降り止まぬ旧居かな

強い雨が降り続く朝であったが、志功の旧居を見学する事ができた。囲炉裏の傍の写真に旧師前田普羅が写っていたことは驚きであった。普羅にとって志功は畏友であり、辛夷の特別会員であったと聞いていたが、砺波支部長であったとはサプライズ以外何ものでもない。とても勉強になったと思う。

それにしても、私は富山で生を受けたが、あまりにも富山の事を知る機会に恵まれなかった。これから少しでも機会を作り、勉強したいと思ったことである。

2019.12.01 愛染苑
愛染苑(R1,11)

初時雨普羅と志功に心寄せ

金沢「滝亭」でゆったりした後、棟方志功記念館「愛染苑」に向かった。雨が強くふったり、やんだりの中、漸く富山・福光町の「愛染苑」に着いた。愛染苑は、石崎俊彦が収集した多数の棟方作品の寄贈を受け、建設されたと聞く。棟方志功が福光で疎開生活をしていた6年8ヶ月間に制作した作品を中心に多数の作品が展示されていた。「振向妃の柵」「四天雄飛の図」等である。

俳誌「辛夷」の特別会員であり、前田普羅の畏友であった棟方志功は、私には凄く身近に感じられる。ご案内して頂いた中村さんのご丁寧な説明を受け幸せであった。
また句集「蘭青茄子」(らんじょうなす)を見せて頂き、「名月や今夜限りの大鯰」(志功)、「水底の大石軽む十三夜」(志功)の句を知る。「立山の北壁削る時雨かな」(志功)しか知らなかった私は、興奮しながら句集を見させて頂いたものである。

記念館の係の人、ご案内して頂いた中村さん、そっと句集を見せて頂いた方に心から感謝したい。