我が家のお正月(R4,1)

ひたむきに生きる喜び寒椿

今年は、昨年5月に兄・正気が亡くなり、昨年末に判明した甥の病気、それ故の姉の悲しみの、ある程度癒えるまで、精神的にも物理的にも、私達も自粛生活を余儀なくされた。

今年1月14日、昨年の12月16日以来、久しぶりに姉から電話を頂いた。それだけ姉の悲しみが深く重かったのであろう。
これからも甥が少しでも、痛み等が少なく、1日でも長く健やかに生活できるよう手助けをしていく為にも、まず姉が少しでも元気になって下さることが必要だからである。

「死生命有り、富貴天に在り」と思わざるを得ない。生きるということは、それだけで喜びかもしれない。

ゴルフのタ―ちゃん(R4,1)

戯れるゴルフ遊びのお正月

最近タ―ちゃんがゴルフ番組を見てるとのこと。さらにクラブをもって遊んでいる写真も送られて来た。スキ―とゴルフを教えるのは私の役目ではないかとかってに思っている。車を買い替えそれに備えるかなぁとも思っている。

まだ新年から3回しかゴルフに行ってない。今年は何回ゴルフに行けるか、努力してみる事にする。

大阪ユニバーサルSのタ―ちゃん(R4,1)

嬉しくて弾む足ある睦月かな

大阪ユニバーサルスタジオに行ったようだ。スーパーマリオの帽子を被り、弾むように笑いながら歩くタ―ちゃん。彼にとって素晴らしい正月旅行になったような気がする。

私はロスのユニバーサルスタジオにかって行った記憶があるが、彼は4歳であるから、これからどこにでも行けそうだ。素晴らしい人生に・・・・と願うばかりである。

連嶺に礼して年の改まる(福田蔘汀)、こんな句が大好きな私ではある。さて、今年はどこの山に登ろうか・・・・。


東大寺のタ―ちゃん(R4,1)

一月の蒼天うれし東大寺

真っ蒼な空のもと、東大寺の前でポーズをとるタ―ちゃんンとふうちゃん。令和4年1月の出来事である。この時期に、京都、奈良、大阪と旅行するとは若いってことは素晴らしい。タ―ちゃんも幸せだろう!!

風花の峡の小村の二日かな(松本たかし)の句なぞ思い出しながら、タ―ちゃんの写真を見いる私である。


大谷粗描のタ―ちゃん(R4,1)

初春の祖廟へ続く石畳

タ―ちゃんにとって初めての大谷祖廟。令和4年(2,022)1月、4歳のタ―ちゃんが生まれて初めてお参りしてくれることになった。 山元家の代々の先祖が祀られている東本願寺大谷祖廟。

残念ながら、昨年の11月、兄正気も祀られることになった。

元旦や赤城榛名の峰明り(村上鬼城)の句なぞ前橋にいると思い浮かぶ。
それにしても、我が初孫が大谷租廟へいってくれるとは嬉しい限りだ!! 感謝!!感謝!!

令和4年正月浅間山(R4,1,3)

初浅間変わらぬ姿こそ良けれ

当り前のことが当たり前に出来れば、もしくはあれば素晴らしい。人はそれを失った時に始めて、そんな当り前の平凡な生活が実は本当に有り難いことだと気付くのである。大切な人、もの、健康、絆・・・・等々。

令和4年1月3日、箱根駅伝を見ていたが散歩にでた。去年も同じ場所で写真を撮ったと思うが、同じ景色であったと思う。浅間山はいつもと同じ、雪を頂きにのせ素晴らしい姿を見せている。変わっていくのは俗世間だけかも・・・・。

2021.12.29 晩秋の浅間山
晩秋の浅間山(R3,12,3)

深秋の静けさ妙義浅間嶺に

12月3日の写真を見てみると、紅葉がすでに終る様な静けさに、雪を抱く浅間山と屹立する妙義山が立っている。まことに幸せな素晴らしいひと時ではある。(藤岡ゴルフ倶楽部のショート・ホールのティーグラウンドからの風景)

大いなる足音きいて山眠る(前田普羅)の句を思う。

2021.12.29 師走の浅間山
師走の浅間山2(R3,12,14)

雪被る師走の浅間山となりにけり

12月14日の写真。もう根雪となったのであろうか、何故か落ち着いて見える師走の浅間山。
この風景を何度みたことであろう。 我が故郷・立山連峰の変化はあまり見る事ができなくなったが・・・・・・。
途中東京に10余年ほどいたが、私も群馬県民の誇りを持たねばとも思う。

「雪山に雪の降り居る夕かな」(普羅)の句を想起する。
そういえば、この句の掛軸を持っていたが、あまり見ることも無く保管されている。人間と云うものはなんでも持ちたがる証かとも思う。


2021.12.01 お勉強
お勉強(R3,11,21)

お勉強取り組む姿鳥渡る

タ―ちゃんも、今年の9月で4歳になった。保育園でも楽しくやっているようだ。知らず知らず成長しているのであろう!!こんな写真が送られてきたのでうれしく思う今日この頃である。

「七五三君に輝く未来あり」と、詠みたいところだがまだ4歳である。まだまだこれからであり本当に全てに成長が著しい。恐竜からかぶと虫等昆虫に興味が変わったらしいが未知の魅力に楽しみがいっぱいである。

サグラダファミリアNO3(R3,11)

ハレルヤが流れこだます冬の空

神を賛美し、喜びを表す語、ハレルヤ。(主を褒め賛えよの意)
最近「ハレルヤ」とか「ギブ・サンクス」とかの歌が耳に残るようになった。何故かは分からない。

つい先日のピアノ・コンサートでゲルハルト・オピッツのべ―ト―ヴェンの4大ソナタを聴いた。「悲愴」と「月光」に癒やしを貰い、「テンペスト」と「熱情」に勇気をもらった。音楽は素晴らしい。12月は「合唱」だが、森麻季さんのソプラノ、錦織健さんのテノールが楽しみだ。

サグラダファミリアNO2(R3,11)

教会の冬の光に満ちる時

教会に柔らかな光りが満ち、心も充たされるのであろうか。私はクリスチャンではないので、宗教的な意味では分からないが、何となく心が満たされていくのは理解できる。ありがたくなるとよく聞くが・・・・・・。

アントニオ・ガウディに会って聞いてみたいことがいっぱいある。

サクラダファミリア(R3,11)

幾年を創造重ね街は冬

アントニオ・ガウディのサグラダファミリアは、何百年も年月を重ね、造り続けている。私には創造を重ねているように見える。だから凄いのである。

ローマ時代からの古い歴史を誇るドイツの文化都市、ケルンの街に聳え立つケルン大聖堂。ゴシック様式の建築物として世界最大の姿は、美しく圧倒された覚えがある。しかし、サグラダファミリアは何というか創っている、創造しているという感じがしてならないのである。やはり凄い。

大好きな日本建築には日本建築の凄さがあるが・・・・・。

2021.11.30 グエル公園
グエル公園(R3,11)グエル公園(R3,11)

小春日やとかげのオブジェ嬉しげに

ガウディのグエる公園である。小春日和でとかげのオブジェも何故か嬉しげに見える。
「ふんだんに小春日和を賜はらむ」(相生垣瓜人)の句を思い切り味わって欲しいものである。

カサ・バトリョ(R3,11)

バカンスの知らせは冬のバルセロナ

次女からの知らせはバカンスに行くとのことであったが、行き先がバルセロナとは羨ましい。こんなところにも、まとめてバカンスを採れなかった、即ち、コロナのせいで日本へ来れなかった事が影響しているのだ。

それはともかく、アントニオ・ガウディのカサ・バトリョも素晴らしい。一度は行きたいものだ。

2021.11.28 赤城山の初雪
赤城山初雪(R3,11,28)

霜月や赤城の山に白きもの

天気予報では、前橋市の今朝の温度は2度、最高で14度となっている。とにかく今年一番の寒さなのである。今朝、11月28日(日)、家内と散歩した時、とても空気が冷たかった。なので赤城山の方を見ると、白いものを頂いていたのが印象的であった。初雪なのだ!!とうとう初雪が赤城山にも降った。立冬といってもあまり感ずるものがなかったが・・・・・・、初雪ともなれば、である。

11月度、東京辛夷句会に出した、「豊穣の大地静もり冬に入る」(山元 誠) の句が思い浮かぶ。時の経つのは早い。

2021.11.28 73歳誕生祝
73歳誕生祝(R3,11,27)

賜はりし花々そこに冬薔薇

いつも長女には誕生日プレゼントを頂いている。まことに嬉しいの一言に尽きる。11月27日(土)、今年も頂いた。いろんな花に交じって、紫の冬の薔薇が一際目を引いた。美しい花ばかりで全て素晴らしいが、一際、際立っているのであろう!!

夕方、フランス・ノルマンディーから次女がラインを入れてくれ、アントニーの両親、ジルベールさんとアニックさんとも顔を合わすことができた。お元気そうなので安心する。と同時に、はやくコロナ禍が終息してほしいと願う。またお会いしたいものである。

とにもかくにも、娘二人の気配りには頭が下がる。小生は幸せ者なのかもしれない!!


建仁寺の竜(R3,11,4)

爽やかに法堂鎮めし雲竜図

建仁寺は京都市東山区にある臨済宗建仁寺派大本山で京都五山のうち第三位の格式を持つ京都最初の禅寺である。開山は栄西禅師、開基は源頼家である。本堂や法堂(はっとう)の天井や襖には「昇り龍」がよく描かれる。龍は仏教を護る八部衆の一つである。ちなみに、海北友松が制作した日本を代表する水墨画群、重要文化財「建仁寺丈障壁画」五十面のうち礼の間を飾る八面の襖絵は見事である。11月4日(木)兄の納骨に際して目の保養となった。

2,002年の建仁寺創建800年を記念して小泉淳画伯が2年の歳月を掛けて描かれた「双龍図」(法堂、天井画)もある。加えれば、俵屋宗達の有名な傑作「風神雷神図屏風」も有名な傑作で、美しく迫力がある。

清水寺の賑わい(R3,11,4)

薄紅葉なれど賑わふ舞台かな(清水寺)

修学旅行の生徒さんがたがきているとは思いもよらなかったが、各地の小中学生なのであろうか、清水の舞台が一杯になっていた。コロナ禍が一段落したせいであろうか!! 混雑はあたり前の本来の姿は望ましいと思わなくてはならない。

ただ11月4日(木)現在、清水寺界隈の山は薄紅葉までもいかない。「山紅葉し初むる一樹々々づつ」(今井千鶴子)の様な風情は感じられないが、さすが清水寺、人の出だけはたいしたものである。



山中湖紅葉(R3,11,3)

親子して楽しむ湖畔燃える秋

11月初旬、時を同じくしてタ―ちゃんは山中湖にいた。素晴らしい紅葉にタ―ちゃん&ふ―ちゃん親子はとても楽しそうである。まさに、「燃える秋」である。我々は明日は清水寺に挑戦してみる事にした。紅葉していれば良いが・・・・。


下鴨神社の黄葉(R3,11,3)

神橋を黄葉が被ふ一日かな

11月4日、大原三千院へお参りした後、下鴨神社・糺の森を歩いた。太古の自然を遺す森、人の心を伝える森と言われているだけあって清々しい気分になる。拝礼して下鴨神社の中を歩き、黄葉の美しい所に来た。なかなか美しいものだ。時期的には京都の紅葉は11月20日~12月始めなのであろう。小春日和とも言える一日を、ゆったり過ごすことが出来たと思う。

今年は5月以来の京都である。私にはやはり京都は特別の地だと再認識する。昼も良いし、朝も夜も良い。「京に住む人をうらやむ花の頃」と詠んで、若い頃、中川岩魚先生に褒めて頂いたが、私には本音である。

2021.11.27 三千院の仏
大原三千院(R3,11,3)

身にしむや別ればかりの続く日々

昨年末の「山の友」である風間良君の死、そして5月には兄・飛鳥の突然の死。別ればかりが続く日々である。人間はある程度の年齢で必ず死を迎えるが、身のまわりにばかりおきる気がする。そして、そんな淋しさを感ずる今日この頃なのである。

11月3日(水)大原三千院に行った。入ってすぐの部屋で仏が迎えてくれたが、やさしい顔に遭遇しほっとした。「この世もすてたものではないよ」と言ってくれてる様な、そんな優しさを感じたのである。

「ダイセンジガケダラナヨサ」なんて歌があった。が、しかし、「不貞腐れるのもいい加減にしろよ」と叱咤激励を受けた気がする。


2021.11.27 祇園枝垂れ桜
祇園枝垂れ桜(R3,11,2)

秋澄みてまさかの時期の枝垂れかな

「花舞ふや別れと出合ひ繰り返し」なんて句を詠んでたら、まさか兄との別れが来ようとは・・・・・・・。

大谷租廟の本堂と親鸞の御廟でお経をあげて頂き、無事納骨を終え、丸山公園を散歩した。祇園枝垂れ桜を久しぶりにみる事になったが、やはりこの祇園枝垂れ桜は春の時期に見たいものだとつくづく思う。ただ秋の空が澄んで綺麗なのが救いか。

大谷祖廟参道(R3,11,2)

兄と行く参道安堵の薄紅葉

11月2日(火)に兄・飛鳥(本名正気)の分骨を持ち大谷祖廟への参道を上った。まだ紅葉ではなく薄紅葉の京都であるが、何故かほっとした。大谷祖廟へは私が分骨を持っていくと、5月に姉に約束していたからかもしれない。漸く父と母が眠る京都・大谷祖廟へ、約束通り、兄を祀ることができたのである。

思えば、亡き母と炭屋に宿を取り、父の納骨に来たのは、確か平成2年(1,990)かと思うので、31年前になる。その間に母が亡くなり(平成24,8)(2,012)、その分骨は兄が納骨した。令和3年(2,021)に,思わずも兄を祀ることになろうとは・・・・・・・・。

人生は継続というか、順繰りなのかもしれない。我が「山元家」の末長い繁栄を心から祈念するものである。

誕生会朔詩舎(R3,9)

古希祝うカードにも謝意秋薔薇(あきさうび)

古希のお祝いに「朔詩舎」へいった。スタッフの方の心使いがとても素晴らしく気持ちの良いお祝いができた。テーブルにお祝いのカード、薔薇の花が置いてあったのである。とても嬉しく感謝しかない。

義理の母は48歳で命を全うした。なので、家内がちょうど同じ年ぐらいに大病をした時は本当に心配したものである。東京から前橋に帰り、心穏やかな日々を重ねる事ができたことにも感謝である。

因みに、秋薔薇(あきさうび)は秋に咲く薔薇のこと。小ぶりであるが色に深みがある。品の良い感じがした。
「秋薔薇彩を尽くして艶ならず」(松根東洋城)、「ショパンなほ続く妹の秋の薔薇」(横光利一)の句がある。



2021.10.30 二人の誕生会
二人の誕生会(R3,9)

幸あれとともに祝ひし秋の暮

9月の話をしよう。精神的にブログを書く気になれず、すっかり遅れてしまったが、9月は家内とタ―ちゃんの誕生月であった。そこで、長女と私で誕生会を催した。古希を迎えることができた家内と4歳になった孫のタ―ちゃんのお祝いである。

前橋市内の美味しいケーキ屋さんに依頼していたケーキに、灯をともす二人はとても楽しそうに見える。長女のお陰でこんなに楽しい瞬間を過ごせるのは何とも嬉しい。フランスの次女もラインで直ぐに参加して、楽しさも倍増する。

「小さい秋」という歌もあるが、小さくともとてもハッピーな秋である。



2021.10.30 虹の扇沢
虹の扇沢(R3,10,17)

しぐるるや虹をかかげし扇沢

「時雨」とは、冬の初め、降ったかと思うと晴れ、また降りだし、短時間で目まぐるしく変わる通り雨。この雨が徐々に自然界の色を消していく。そんな時雨の扇沢に、関電トンネル電気バスを下りると虹が掛かっていた。

私には風間が今日のイベントをとても喜んでいたと思われた。須田の立山・雄山神社に捧げた「詔」も心がこもり、格調も高く、とても立派なものであった。さすが幼馴染みである。また、この時期に山仲間が集まって、山に帰る風間を見送ってくれたのである。

一人で帰る寂しさを癒やしてくれたし、今後に勇気を与えてくれた虹であった。
「いつまで生きるかよりどう生きるか」が問われる年代となった。勇気を持って進もうと決めた。

2021.10.30 雪の室堂石仏
雪の室堂石仏(R3,10,17)

なごり雪かとも室堂に雪が降る

風間 良は室堂の土となり山に帰った。山仲間が、山を愛する人間が、山に帰ったと思えば気分も幾分安らぐ。
しかし、私と同学年で同時代を生き抜いてきた仲間と思うととても寂しい。今朝は雪が降り始め止む気配が無い。
なごり雪かとも思うのである。風間よ安らかに眠れ。

秋室堂の石仏(R3,9)

身に入むや室堂に立つ石仏

冷気、寂寥感等々を現す季語に「身にしむ」がある。秋は空気が澄んでとても気持ちが良いのだが、山にある石仏にはやはり、立山、剱岳、大日岳等々で遭難した方の霊を祀るもの、だから・・・・・・何かとてもこたえるものがある。

私自身も救助隊の一員に駆り出され、剱岳にも向かった経験が何度かある。また、山の友人を失ったこともある。自然は雄大でとても美しいが、とても厳しい。




秋の室堂(R3,9)

秋惜しむ立山(たち)室堂の花にさへ

今年2021年もコロナ禍で大変であった。山小屋においても然りである。しかし、大自然は例年同様、何も変わらずとても美しい。
人間の感傷なぞ、なんの関係もなく美しいのである。

山は良いなぁ~とつくづく思う。

黒部ダム(R3,10,17)

風吹きて黒部ダムにも薄紅葉

久しぶりの黒部ダムである。学生時代から何度来たことか・・・・・・・。もっとも当時はスキーが全てであり、小屋開きから、5月連休、夏休み、11月の小屋仕舞いまで、よくここを通りすぎた。

今回は山仲間が集まり、山の仲間を山で弔い、山に帰るお手伝いをする為である。風が実に冷たく薄紅葉が心に刺さる。今日の我々の気持ちの様である。