2021.11.28 73歳誕生祝
73歳誕生祝(R3,11,27)

賜はりし花々そこに冬薔薇

いつも長女には誕生日プレゼントを頂いている。まことに嬉しいの一言に尽きる。11月27日(土)、今年も頂いた。いろんな花に交じって、紫の冬の薔薇が一際目を引いた。美しい花ばかりで全て素晴らしいが、一際、際立っているのであろう!!

夕方、フランス・ノルマンディーから次女がラインを入れてくれ、アントニーの両親、ジルベールさんとアニックさんとも顔を合わすことができた。お元気そうなので安心する。と同時に、はやくコロナ禍が終息してほしいと願う。またお会いしたいものである。

とにもかくにも、娘二人の気配りには頭が下がる。小生は幸せ者なのかもしれない!!


建仁寺の竜(R3,11,4)

爽やかに法堂鎮めし雲竜図

建仁寺は京都市東山区にある臨済宗建仁寺派大本山で京都五山のうち第三位の格式を持つ京都最初の禅寺である。開山は栄西禅師、開基は源頼家である。本堂や法堂(はっとう)の天井や襖には「昇り龍」がよく描かれる。龍は仏教を護る八部衆の一つである。ちなみに、海北友松が制作した日本を代表する水墨画群、重要文化財「建仁寺丈障壁画」五十面のうち礼の間を飾る八面の襖絵は見事である。11月4日(木)兄の納骨に際して目の保養となった。

2,002年の建仁寺創建800年を記念して小泉淳画伯が2年の歳月を掛けて描かれた「双龍図」(法堂、天井画)もある。加えれば、俵屋宗達の有名な傑作「風神雷神図屏風」も有名な傑作で、美しく迫力がある。

清水寺の賑わい(R3,11,4)

薄紅葉なれど賑わふ舞台かな(清水寺)

修学旅行の生徒さんがたがきているとは思いもよらなかったが、各地の小中学生なのであろうか、清水の舞台が一杯になっていた。コロナ禍が一段落したせいであろうか!! 混雑はあたり前の本来の姿は望ましいと思わなくてはならない。

ただ11月4日(木)現在、清水寺界隈の山は薄紅葉までもいかない。「山紅葉し初むる一樹々々づつ」(今井千鶴子)の様な風情は感じられないが、さすが清水寺、人の出だけはたいしたものである。



山中湖紅葉(R3,11,3)

親子して楽しむ湖畔燃える秋

11月初旬、時を同じくしてタ―ちゃんは山中湖にいた。素晴らしい紅葉にタ―ちゃん&ふ―ちゃん親子はとても楽しそうである。まさに、「燃える秋」である。我々は明日は清水寺に挑戦してみる事にした。紅葉していれば良いが・・・・。


下鴨神社の黄葉(R3,11,3)

神橋を黄葉が被ふ一日かな

11月4日、大原三千院へお参りした後、下鴨神社・糺の森を歩いた。太古の自然を遺す森、人の心を伝える森と言われているだけあって清々しい気分になる。拝礼して下鴨神社の中を歩き、黄葉の美しい所に来た。なかなか美しいものだ。時期的には京都の紅葉は11月20日~12月始めなのであろう。小春日和とも言える一日を、ゆったり過ごすことが出来たと思う。

今年は5月以来の京都である。私にはやはり京都は特別の地だと再認識する。昼も良いし、朝も夜も良い。「京に住む人をうらやむ花の頃」と詠んで、若い頃、中川岩魚先生に褒めて頂いたが、私には本音である。

2021.11.27 三千院の仏
大原三千院(R3,11,3)

身にしむや別ればかりの続く日々

昨年末の「山の友」である風間良君の死、そして5月には兄・飛鳥の突然の死。別ればかりが続く日々である。人間はある程度の年齢で必ず死を迎えるが、身のまわりにばかりおきる気がする。そして、そんな淋しさを感ずる今日この頃なのである。

11月3日(水)大原三千院に行った。入ってすぐの部屋で仏が迎えてくれたが、やさしい顔に遭遇しほっとした。「この世もすてたものではないよ」と言ってくれてる様な、そんな優しさを感じたのである。

「ダイセンジガケダラナヨサ」なんて歌があった。が、しかし、「不貞腐れるのもいい加減にしろよ」と叱咤激励を受けた気がする。


2021.11.27 祇園枝垂れ桜
祇園枝垂れ桜(R3,11,2)

秋澄みてまさかの時期の枝垂れかな

「花舞ふや別れと出合ひ繰り返し」なんて句を詠んでたら、まさか兄との別れが来ようとは・・・・・・・。

大谷租廟の本堂と親鸞の御廟でお経をあげて頂き、無事納骨を終え、丸山公園を散歩した。祇園枝垂れ桜を久しぶりにみる事になったが、やはりこの祇園枝垂れ桜は春の時期に見たいものだとつくづく思う。ただ秋の空が澄んで綺麗なのが救いか。

大谷祖廟参道(R3,11,2)

兄と行く参道安堵の薄紅葉

11月2日(火)に兄・飛鳥(本名正気)の分骨を持ち大谷祖廟への参道を上った。まだ紅葉ではなく薄紅葉の京都であるが、何故かほっとした。大谷祖廟へは私が分骨を持っていくと、5月に姉に約束していたからかもしれない。漸く父と母が眠る京都・大谷祖廟へ、約束通り、兄を祀ることができたのである。

思えば、亡き母と炭屋に宿を取り、父の納骨に来たのは、確か平成2年(1,990)かと思うので、31年前になる。その間に母が亡くなり(平成24,8)(2,012)、その分骨は兄が納骨した。令和3年(2,021)に,思わずも兄を祀ることになろうとは・・・・・・・・。

人生は継続というか、順繰りなのかもしれない。我が「山元家」の末長い繁栄を心から祈念するものである。

誕生会朔詩舎(R3,9)

古希祝うカードにも謝意秋薔薇(あきさうび)

古希のお祝いに「朔詩舎」へいった。スタッフの方の心使いがとても素晴らしく気持ちの良いお祝いができた。テーブルにお祝いのカード、薔薇の花が置いてあったのである。とても嬉しく感謝しかない。

義理の母は48歳で命を全うした。なので、家内がちょうど同じ年ぐらいに大病をした時は本当に心配したものである。東京から前橋に帰り、心穏やかな日々を重ねる事ができたことにも感謝である。

因みに、秋薔薇(あきさうび)は秋に咲く薔薇のこと。小ぶりであるが色に深みがある。品の良い感じがした。
「秋薔薇彩を尽くして艶ならず」(松根東洋城)、「ショパンなほ続く妹の秋の薔薇」(横光利一)の句がある。



2021.10.30 二人の誕生会
二人の誕生会(R3,9)

幸あれとともに祝ひし秋の暮

9月の話をしよう。精神的にブログを書く気になれず、すっかり遅れてしまったが、9月は家内とタ―ちゃんの誕生月であった。そこで、長女と私で誕生会を催した。古希を迎えることができた家内と4歳になった孫のタ―ちゃんのお祝いである。

前橋市内の美味しいケーキ屋さんに依頼していたケーキに、灯をともす二人はとても楽しそうに見える。長女のお陰でこんなに楽しい瞬間を過ごせるのは何とも嬉しい。フランスの次女もラインで直ぐに参加して、楽しさも倍増する。

「小さい秋」という歌もあるが、小さくともとてもハッピーな秋である。



2021.10.30 虹の扇沢
虹の扇沢(R3,10,17)

しぐるるや虹をかかげし扇沢

「時雨」とは、冬の初め、降ったかと思うと晴れ、また降りだし、短時間で目まぐるしく変わる通り雨。この雨が徐々に自然界の色を消していく。そんな時雨の扇沢に、関電トンネル電気バスを下りると虹が掛かっていた。

私には風間が今日のイベントをとても喜んでいたと思われた。須田の立山・雄山神社に捧げた「詔」も心がこもり、格調も高く、とても立派なものであった。さすが幼馴染みである。また、この時期に山仲間が集まって、山に帰る風間を見送ってくれたのである。

一人で帰る寂しさを癒やしてくれたし、今後に勇気を与えてくれた虹であった。
「いつまで生きるかよりどう生きるか」が問われる年代となった。勇気を持って進もうと決めた。

2021.10.30 雪の室堂石仏
雪の室堂石仏(R3,10,17)

なごり雪かとも室堂に雪が降る

風間 良は室堂の土となり山に帰った。山仲間が、山を愛する人間が、山に帰ったと思えば気分も幾分安らぐ。
しかし、私と同学年で同時代を生き抜いてきた仲間と思うととても寂しい。今朝は雪が降り始め止む気配が無い。
なごり雪かとも思うのである。風間よ安らかに眠れ。

秋室堂の石仏(R3,9)

身に入むや室堂に立つ石仏

冷気、寂寥感等々を現す季語に「身にしむ」がある。秋は空気が澄んでとても気持ちが良いのだが、山にある石仏にはやはり、立山、剱岳、大日岳等々で遭難した方の霊を祀るもの、だから・・・・・・何かとてもこたえるものがある。

私自身も救助隊の一員に駆り出され、剱岳にも向かった経験が何度かある。また、山の友人を失ったこともある。自然は雄大でとても美しいが、とても厳しい。




秋の室堂(R3,9)

秋惜しむ立山(たち)室堂の花にさへ

今年2021年もコロナ禍で大変であった。山小屋においても然りである。しかし、大自然は例年同様、何も変わらずとても美しい。
人間の感傷なぞ、なんの関係もなく美しいのである。

山は良いなぁ~とつくづく思う。

黒部ダム(R3,10,17)

風吹きて黒部ダムにも薄紅葉

久しぶりの黒部ダムである。学生時代から何度来たことか・・・・・・・。もっとも当時はスキーが全てであり、小屋開きから、5月連休、夏休み、11月の小屋仕舞いまで、よくここを通りすぎた。

今回は山仲間が集まり、山の仲間を山で弔い、山に帰るお手伝いをする為である。風が実に冷たく薄紅葉が心に刺さる。今日の我々の気持ちの様である。


雪の室堂(R3,10,17)

トンネルを潜りて雪の立山(たち)となり

令和3年10月17日(日)須田と待ち合わせの立山室堂に来た。昨年亡くなった山の仲間・風間を弔うためである。いくばくかの彼の遺骨を散骨した。(むろん国立公園なので気持ちだけの散骨&弔いである)

当日は今シーズン一番の寒さであり、大町市扇沢のターミナルへ着くともう違う寒さと感じた。黒部ダムの風の寒さ、ケーブルで黒部平、ロープウエイで大観峰へ向かう時、霙が突然雪に変わり、トロリーバスで室堂ターミナルに着くと写真のように雪が降っていた。

風間への名残りの雪だと思われた。同い年なので寂しいものがある。論語に「死生命有り、富貴天にあり」とある。命だけは神のみぞ知る世界なのであろう。安らかに眠って欲しいと願うばかりである。





魚津埋没林博物館(R3,8)

初盆や未だ実感無き思ひ

初盆ということでお盆に冨山へ帰った。帰冨の途中は雨が凄くて魚津についた頃は酷いものであった。始めて魚津埋没林博物館に行って、こんな埋没林が残っていた事に驚く。世の中知らないこと、信じられないことが多い・・・・・・。

今年の5月、兄が突然亡くなったことも、未だ信じられないことの一つだろう。立山ヶ根の実家に帰ると、また会える様な気がしてならない。実感できないのである。

2021.09.01 夏の浅間山
夏の浅間山(R3,8)

初夏の光は雲に浅間嶺に

藤岡GCからの浅間山と妙義山である。浮かぶ雲にさえ夏が来た事が分かる。当然、浅間山の頂きにも色でその変化を感じ取ることが出来るのである。もう夏なのである。

樹々の香のなかへ入りゆく立夏かな(桂 信子)があるが、大好きな季節ではある。


軽井沢タリアセン(R3,7)

涼しさは湖畔を歩く一時に

南軽井沢塩沢湖のほとりに旧朝吹山荘「睡鳩荘」がある。軽井沢の別荘の歴史上最も上質な建築物とも言われている。言いたいのはその湖畔を歩くとこの夏の時期でも、とても涼しく気持ちが良いということである。タ―ちゃんはご機嫌です。

ゴ―・カート、ボート等に乗り、さんざん遊んだ後にも関わらずとても元気である。今日は軽井沢に来て良かった。

タ―ちゃん帰群(R3,7)

短夜は幼きピースで始まれり

コロナ禍のせいか、久々にタ―ちゃんが、横浜から群馬・前橋の我が家に来た。何故か、ピースの形が違うが、いかにも楽しい感じが出ている。子供は遊びの天才である。我が家のあらゆるものを遊び道具にして、あっという間に時間が過ぎていくのである。

短夜の水ひびきゐる駒ケ岳(龍太)、短夜の夢にはあらぬ穂高見ゆ(大島民郎)の句があるが、子供の無邪気さには勝てない。

 

2021.08.31 大観覧車
大観覧車のタ―ちゃん(R3,7)

浜っ子の顔ともなりし夏の海

横浜のインターコンチネンタルホテルと夏の海をバックに大観覧車でご機嫌のタ―ちゃんとふーちゃん。確かに青い海としゃれた格好の白いホテルがバックにあるし、気分も良かったであろう。
 
若き日を語ればそこに夏の海(稲畑汀子)もあるが、楽しい記憶として残れば最高だが・・・。

Dinard 房ちゃん(R3,7)

バカンスと泳ぎに夢中のディナ―ドに

次女はパリ郊外ブージバルに住んでるが、この時期はバカンス。コロナ禍と云えども動くのがフランスらしい。サンマロの近くとのことだが、Dinard はなんとなく素晴らしい。日本にも早くこんな風景が見られれば良いのに・・・・・・・とつくづく思ってしまう。

汐蒼く人流れじと泳ぎけり(前田普羅)がある。


2021.07.04 ガラス美術館
ディル 千フ―リ(R3,6,26)

チフ―リのガラス彫刻風薫る

亡き兄の49日法要の前日、クラウンプラザホテルから散歩がてら、冨山ガラス美術館に行った。学生が並んでいたので・・・、何か展示会でもと思ったが、疑問がすぐ晴れた。図書館がこの中に併設されてあるのである。勉強熱心な冨山の学生たちではある。また、ディル・チフ―リの作品が常設されていたのにはビックリしたが、とてもゆったりした建築物で満足した。少なくとも、冨山を見直した。

美しすぎる華麗なミュージアムかとも思われた。立山のかぶさる町や水を打つ(普羅)のイメージが強い冨山市である。冨山県美術館、冨山冨岸カナル環水公園といい、我が故郷は素晴らしいと今更ながら思った。センスの問題かとも・・・・・。

2021.07.04 雪垂れて
普羅 雪垂れての短冊 

薫風や普羅の句学ぶ昨日今日

最近ひょっとしたことで入手した短冊。「雪垂れて落ちず学校はじまれり」(普羅)が「普羅句集」の冬の部に掲載されていたとは記憶していたが、「辛夷」6月号に彼がホトトギス初巻頭を取った時の1句だと書いてあったのにはびっくりした。いろいろ知らないことの方が多いと思う作今である。

そういえば、亡き兄の飾った額に「いつまでも人のありける月夜哉」(普羅)の句があった。彼はこの句が好きだったのであろうか?

冨岸カナル公園(R3,6,25)

梅雨晴間運河に満つる風やさし

兄・飛鳥の49日に合せ、クラウンプラザホテルを予約し、ゆったりと冨山県冨岸運河環水公園を散歩してみた。水辺を活かした空間が実に印象的であった。まず風が心地よい。冨山にこんなところがあったとは・・・・・!? 
待ち時間に、「キュイジ―ヌフランセ―ズラ・シャンス」とかいうミシュラン一つ星に認定されたというレストランに行ってみた。あいにく2階は貸し切り(結婚式)で、ガっクリ!! なんとか妥協し、1階のレストランで食事をした。今度は予約していくべきなのであろう。少なくとも、今回は冨山県美術館に印象派の絵(ポーラ美術館)が展示されていると聞き、SETで楽しむ為、来たものである。
ここでも、一回りした後、1階の屋外のテーブルに座り、コーヒーを飲みながら楽しんだ。風が心地よく、景色もなかなかであった。

こういうところで、ゆったり兄・飛鳥と話をしてみたかったとも思った。梅雨時で立山連峰は見えなかったが、心地よい風を感じることができた梅雨晴間のひと時であった。

ゆったりタ―ちゃん

春なれや子もゆったりとせしタ(ゆうべ)

携帯に孫のタ―ちゃんの写真があった。こんな時には実に癒やしになり、可愛さ100倍といったところか。

厳しい冬の寒さが終り、色とりどりの花が咲き始める春。鳥たちが元気に春の訪れを歌い、春風が人々の心をも優しく包んでくれるような気持ちななる。暫く、ブログを書く気になれずシュンとしていたが、兄・飛鳥の49日も終り少しやる気になって来た。

雪解けて村いっぱいの子供かな(一茶)、チューリップ喜びだけを持っている(細見綾子)、ものの種にぎればいのちひしめける(日野草城)、眼にあてて海が透くなり桜貝(松本たかし)、バスを待ち大路の春をうたがはず(石田波郷)。

いろいろ感ずるところが多いが、取りあえず元気を出して乗り切っていくしかない。今現在は梅雨時であるが、タ―ちゃんの写真を見て、素晴らしい先達の「春の句」を思い、元気を貰った。

父の日プレゼント(R3,6,19)

癒やしとも救われしとも薔薇の花

5月15日(兄・飛鳥逝去)から、なかなか思う様にやる気が起こらず空虚な日々を送っていた。そんな時、長女夫妻から突然とも思えるほどに「生花」が送られて来た。よく考えると毎年頂いている「父の日」のプレゼントであった。私には癒やしとも救いとも感じられる。薔薇の花が美しい。生きていればこそである。

普羅の言葉と俳句(杏子編)

新緑の深山遥かに帰りけり(弔句)

今となれば先々月5月15日夜11時48分、兄・飛鳥(本名、正気)が突然旅だった(心筋梗塞)。齢75での旅立ちであった。
当日午後2時過ぎに姉から連絡を受け、冨山に車を飛ばし済生会病院にいったが手術後の為会う事も出来ず、夜11時頃再度の呼び出しで、最後を看とることができた。実にあっという間のできごとであった。(合掌)

人間は一人で生まれ一人で旅立つ。そうはいえども実にあっけなく、寂しい限りである。弟重男が7年5ヶ月前に同じ心筋梗塞で逝き、今度も同じ心筋梗塞ということであり、ショックを受けた。DNAのなせる業か、喫煙のせいかよく分からないが、個人的にはせめて平均年齢の81歳ぐらいまでは生きていて欲しかった。

「我が俳句は俳句の為にあらず、更に高く深きものへの階段に過ぎず」 こは俳句をいやしみたる意味にあらで、俳句を尊貴なる手段となしたるに過ぎず。
兄・飛鳥と俳論を戦わせたことを思いだす。

花吹雪(R3,3)

人の背に舞ふ花一片また一片

花を愛する人の背に、一片また一片と舞うように降る櫻。今年も素晴らしい花を咲かせてくれてありがとうと言いたい。いったいいつから、櫻はこのように人々に愛でられ、美しく咲く様になったのだろう。少なくとも万葉集の時代は梅の花を詠んだ。古今和歌集の頃からだとも思うが、とにかく日本人に愛される花である。 

世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし(在原業平)「古今和歌集」を思う。久方の光のどけき春の日に静心なく花の散るらむ(紀友則)「古今和歌集」をも思う。しき嶋のやまとごころを人とはば朝日ににほふ山さくら花(本居宣長)もなかなか良い。桜の花はとても語り尽くせない。

見るからに愛らしいタ―ちゃんも、皆に愛される人間になってほしい。

2021.04.07 祇園枝垂れ桜
枝垂櫻(R3,3,27)

咲く花に桜守をも思ひをり

前橋市敷島公園には「祇園枝垂れ桜」の桜守たる6代目佐野藤右ェ門氏から寄贈を受けた祇園枝垂れの孫木がある。嬉しいことに、今年も綺麗に花を咲かせてくれた。私には特別な思いがある木である。

大学受験の浪人時代を京都で勉強し、就職してからも何かと京都へ行く機会が多く、祇園枝垂れ桜には何とも言えないものがある。東京にはない何かを京都は持っているのである。

「京に住む人をうらやむ花のころ」(誠)は40歳過ぎの頃の作だと思うが、今現在も同じ思いである。明日8日(木)から何日か京都を楽しんで来ようと思う。